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大阪地方裁判所 昭和52年(行ウ)75号 判決 1980年6月10日

大阪市都島区高倉町二丁目九番一三号

原告

南部正和

右訴訟代理人弁護士

香川公一

大阪市旭区大宮町一丁目一番地

被告

旭税務署長

高橋正行

右指定代理人

高須要子

森江将介

吉田周一

岡山栄雄

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

1. 被告が原告に対し昭和五一年三月一二日付でなした原告の昭和四七年度および昭和四八年度分の各所得税についての更正処分および過少申告加算税賦課決定を取消す。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文と同旨

第二、原告の請求の原因

一、原告はパチンコ店を営む者であるが、昭和四七年度分の所得税の損失申告書および昭和四八年度分の所得税の確定申告書にそれぞれ別表の各原告主張欄記載のとおりを記載して申告したところ、被告は昭和四七年および昭和四八年分の所得税につき昭和五一年三月一二日付で別表の各被告主張欄記載のとおりの更正処分および過少申告加算税の賦課決定(以下、合せて本件各更正処分という。)をなした。

二、しかしながら、本件各更正処分は次の理由によりいずれも違法であるから、その取消を求める。

すなわち、

(1)  別紙物件目録記載の土地および建物(以下、本件土地、本件建物といい、合わせて本件不動産という。)はもと大阪船工株式会社(以下大阪船工という。)が所有していたものであるが、原告は、昭和四一年一二月一五日本件不動産につき代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由していた株式会社滋賀相互銀行(以下、滋賀相互という。)との間で滋賀相互から本件不動産を代金一億〇、七〇〇万円で買受ける旨の契約を締結し、滋賀相互に対し手付金および内金計六、八〇〇万円を、昭和四三年二月一五日に残金を支払い、昭和四七年一二月から(本訴において当初昭和四二年六月頃からと主張したのは、事実に反し錯誤に基づくから撤回する。)本件建物の一部を使つてパチンコ店を開業した。

(2)  ところが、本件不動産につき抵当権を有していた大阪府中小企業信用保証協会が昭和四二年三月九日付で右抵当権により競売の申立をした結果、淀川産業株式会社が昭和四四年一〇月二四日本件不動産を競落し、昭和四七年三月一五日右競落代金を支払つて所有権移転登記を経由した。

(3)  このため、原告は、前記代金を支払いながら本件不動産の所有権を取得することができず、前記代金のうち、原告が大阪船工から取得した保証金の返還請求権相当額一、八〇〇万円を除いた八、九〇〇万円の損害を受けることとなつたのであり、右損害は一種の災害による事業用資産の損失とみるべきである。

(4)  そこで、原告は、前記損失について昭和四六年分所得税の損失申告書を提出し、損失金額一、三九二万七、三七〇円を翌年以降に繰越したのである。

(5)  仮に、原告の受けた前記損失が災害による事業用資産の損失に当らないとしても、原告が滋賀相互に支払つた一億〇、七〇〇万円のうち、前記保証金の返還請求権相当額一、八〇〇万円を除いた八、九〇〇万円はパチンコ店の営業権の取得にあてられたものであり、その減価償却費は営業権の取得が明らかとなつた昭和四七年分以後の事業所得の計算上必要経費に算入されるべきものである。

(6)  したがつて、これらを考慮せずに行なつた本件各更正処分は違法なものである。

第三、被告の答弁および主張

一、請求の原因一記載の事実は認める。

二、(1) 請求の原因二、(1)記載の事実のうち、本件不動産がもと大阪船工の所有であつたこと、本件不動産につき滋賀相互を権利者とする主張のとおりの仮登記がなされていたこと、原告が本件建物の一部を使つてパチンコ店を開業したことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、原告が本件建物の一部を使つてパチンコ店を開業したのは、昭和四一年一二月であり、また原告が右日時につき当初昭和四二年六月頃と主張していたのに、後日昭和四七年一二月と訂正したのは、先行自白の撤回に当たり許されない。

(2) 同二、(2)記載の事実は認める。

(3) 同二、(3)は争う。

仮に、原告が八、九〇〇万円の損害を受けていたとしても、右損害は災害による事業用資産の損失に該当しない。

すなわち、純損失の繰越控除が認められるのは、青色申告の承認を受けていない事業所得にあつては、変動所得の金額の計算上生じた損失または被災害事業用資産の損失に該当することを要する(所得税法七〇条二項)ところ、被災事業用資産の損失とは、たな卸資産・事業用固定資産・事業に係わる繰延資産または山林の災害による損失で、変動所得の金額の計算上生じた損失に該当しないものをいい(同条三項)、右災害とは、冷害・雪害・干害・落雷・噴火その他の自然現象の異変による異常な災害ならびに害虫・害獣その他の生物による異常な災害をいう(同法二条一項二七号、同法施行令九条)のであつて、およそ納税義務者において到底予測できないような異常な災害を指すというべきである。したがつて、原告の主張する損害は、法の予定する異常な災害に基づくものとは到底いえない。

(4) 同二、(4)記載の事実のうち、原告が損失額一、三九二万七、三七〇円と記載した損失申告書を提出したことは認めるが、その余の事実は争う。なお、右損失申告書は昭和四七年分所得税の損失申告書である。

(5) 同二、(5)記載の事実は争う。

原告が買入れた本件不動産は、土地七筆および同地上に存在する四棟の建物に及んでいるところ、原告がパチンコ営業に使用している土地、建物はその一部にすぎないのであるから売買代金の八割以上に相当する八、九〇〇万円もの代金が営業権の取得費用にあてられたと解することは一般取引の実態に合致しないといわねばならず、右八、九〇〇万円を営業権の対価と解することはできない。

仮に、右八、九〇〇万円に営業権の対価たる部分が含まれていると解しても、これを昭和四七年および昭和四八年分の所得税の計算において営業権の償却として必要経費に算入することはできない。

すなわち、減価償却資産たる営業権の償却方法として、<イ>その営業権の取得価額をその取得した日の属する年以後の各年において任意にその取得価額の範囲内の金額で償却する方法、または<ロ>その営業権の取得価額の五分の一に相当する金額を各年分の償却費として償却する方法(所得税法施行令一二〇条一項五号)があるが、右償却の方法を選定するには書面により納税地の所轄税務署長に届け出なければならない(同法施行令一二三条二項)のであつて、右届出がなされない場合には、右<ロ>の法定償却方法によることとなる(同法施行令一二五条三号)。しかるに、原告は、納税地の所轄税務署長たる被告に対し、右減価償却資産の選定の届出をしておらず、また原告が本件建物でパチンコ営業を開始したのは昭和四一年一二月であるから、この時から五年以上経過した昭和四七年および昭和四八年分の所得税の計算において右営業権の償却をすることはできない。

第四、証拠関係

一、原告

1. 甲第一ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八、第九号証。

2. 原告本人

3. 乙第三ないし第五号証、第七ないし第九号証の成立は認めるが、その余の乙号証の成立(第一、第二号証については原本の存在も)は知らない。

二、被告

1. 乙第一ないし第九号証。

2. 証人錦文夫

3. 甲第一ないし第四号証、第八号証の成立は認めるが、第七号証の一ないし三、第九号証の成立は知らない。甲第五、六号証については、官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は知らない。

理由

一、請求の原因一記載の事実、同二、(1)記載のうち、本件不動産がもと大阪船工の所有であつたこと、本件不動産につき滋賀相互を権利者とする主張のとおりの仮登記がなされていたこと、原告が本件建物の一部を使つてパチンコ店を開業したこと、同二、(2)記載の事実、同二、(4)記載のうち、原告が被告に対し損失額一、三九二万七、三七〇円と記載した損失申告書を提出したことは当事者間に争いがない。

したがつて、本件の争点は、<1>原告は、昭和四一年一二月一五日滋賀相互との間に本件不動産を代金一億〇、七〇〇万円で買受ける旨の契約を締結したことにより、八、七〇〇万円の損害を蒙つたか否か、さらに右損害を蒙つたとして、これを災害による事業用資産の損失として原告の昭和四七年および昭和四八年分の所得税の計算において繰越控除することが許されるか否か、<2>右八、九〇〇万円がパチンコ店の営業権の取得にあてられた必要経費として原告の昭和四七年および昭和四八年分の所得税の計算において償却できるか否かに帰着する。

二、当事者間に争いがない前記一の事実、成立に争いがない甲第八号証、乙第三ないし第五号証、原告本人尋問の結果により成立が認められる甲第九号証、証人錦文夫の証言により原本の存在および成立の真正が認められる乙第一、第二号証、証人錦文夫の証言および原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、

(1)  原告は、昭和四一年一二月一五日本件建物につき代物弁済予約を原因とする所有権移転登記請求権保全仮登記を経由していた滋賀相互との間で、<イ>本件建物の負担のない所有権、<ロ>本件建物の一部(階下北側パチンコ店舗および二階従業員宿舎)で賃借人広岡義弘が営業中のパチンコ店(営業設備、営業権とも)、<ハ>広岡義弘が本件建物の所有者大阪船工等に対して有する保証金一、八〇〇万円の返還請求権および貸金債権二、〇〇〇万円を、代金一億〇、七〇〇万円で譲受ける旨の契約を締結し、同日滋賀相互に対し手付金七〇〇万円、内金六、〇〇〇万円を支払つて、右<ロ>の本件建物の一部でなされていた「中央会館」という商号のパチンコ店(営業設備、営業権とも)の引渡を受け、パチンコ遊技場経営の営業許可を受けないままで直ちにパチンコ営業を開始した(なお、昭和四二年五月二五日になつて従業員丸根美喜夫名義で右営業許可をえており、また昭和四七年一二月になつて<ロ>の本件建物階下南側を店舗として原告名義で「中央」という商号により別個に新規のパチンコ営業許可をえて開業している。)

(2)  滋賀相互は、原告の了解の下に、原告より受領した右六、七〇〇万円のうち、六、〇〇〇万円を広岡義弘に対し支払つたが、その内訳は大阪船工へ差入れていた保証金(一、七〇〇万円)、同じく建築協力金(一、〇〇〇万円)、営業権および立退料(三、三〇〇万円)であり、その余の七〇〇万円については弁護士らへの謝礼、パチンコ機械未払金、福祉協会協力金、大阪船工らへの貸付金等の支払にあてられた。

(3)  大阪府中小企業信用保証協会は、昭和四二年三月九日抵当権に基づき本件建物の競売申立をした。

(4)  原告は、大阪市との土地区画整理事業に伴う補償交渉を有利に進める等の目的もあつて、昭和四三年二月一五日滋賀相互との間で不動産売買契約履行に関する証書を取り交し、前記売買契約の条項にかかわらず、同日滋賀相互より現状有姿のままで本件建物の引渡を受けるとともに、滋賀相互が有する本件建物についての抵当権付被担保債権三、七一八万三、〇〇〇円を譲受け、また前記仮登記の移転登記手続を受けることとし、滋賀相互に対し残代四、〇〇〇万円を支払い、また前記売買契約において定められていながら右同日までに履行されていない滋賀相互の義務を免除した。

(5)  滋賀相互は、右同日、原告から受領した四、〇〇〇万円のうち一、三五〇万円を本件建物の占有者らに対する立退料にあてるため、直ちに原告に交付した。

(6)  前記競売手続の結果、昭和四四年一〇月二四日原告が代表取締役となつていた淀川産業株式会社が本件建物を競落し、昭和四七年三月一五日右競絡代金を支払つて本件建物の所有権移転登記を経由した。

(7)  原告は、昭和四一年より昭和四八年にかけて青色申告承認を受けておらず、また納税地の所轄税務所長である被告に対し、右支払代金について、パチンコ営業権の取得価額としてその償却の方法を選定する旨を書面により届け出ていなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

三、そこで、前記一、二の各事実を基に前記の各争点について検討する。

(一)  まず、原告は、前記売買代金一億〇、七〇〇万円のうち、本件建物とともに譲渡を受けた保証金返還請求権一、八〇〇万円を差引いた八、九〇〇万円は災害による事業用資産の損失に該当するから、昭和四七年および昭和四八年分の事業所得の計算において繰越控除が認められるべきである旨主張する。

しかしながら、原告が滋賀相互に対し、昭和四一年一二月一五日に支払つた六、七〇〇万円および昭和四三年二月一五日に支払つた四、〇〇〇万円(但し、実際は二、六五〇万円であることは前認定のとおりである。)は、その支払目的、支払の対価、支払つた金の使途等を綜合すると、結局右支払により原告が本件建物の賃借権、あるいはパチンコ営業権等を取得しているとみうるから、損失とみることはできない。また仮に、損失とみることができるとしても、原告は、青色申告の承認を受けていなかつたのであるから、その事業所得の純損失の繰越控除は所得税法七〇条二項、三項によつてのみこれを認めうるところであるところ、原告の主張する右損失は、変動所得(同法二条一項二三号)の金額の計算上生じた損失(同法七〇条二項一号)に該当しないことは明らかであり、被災事業用資産の損失(同法七〇条二項二号、三項)とみうる余地があるが、それにしても、災害すなわち震災、風水害、火災あるいはこれに準ずる政令で定める災害(同法二条一項二七号、同法施行令九条)による損失ではないことが明らかであるから、結局同法七〇条二項、三項を適用する余地はない。

よつて、原告の右主張は理由がないから容れることはできない。

(二)  次に、原告は、八、九〇〇万円はパチンコ店の営業権の取得にあてられたものであり、その減価償却は営業権の取得が明らかとなつた昭和四七年分以後の事業所得の計算上必要経費に算入されるべきである旨主張する。

しかしながら、原告は、昭和四一年一二月一五日滋賀相互に対し前記売買代金一億〇、七〇〇万円のうち、六、七〇〇万円を支払つて、同日本件建物内のパチンコ店「中央会館」(営業設備、営業権とも)の引渡を受け、直ちにパチンコ営業を開始したものであり、また右六、七〇〇万円のうち、六、〇〇〇万円がパチンコ店の前経営者広岡義弘に支払われ、しかも、そのうちの三、三〇〇万円が営業権および立退料の名目で支払われている事実に徴すれば、原告は右同日右パチンコ店の営業権を取得したもので、その取得に要した費用はたかだか右三、三〇〇万円の範囲内で認められるに過ぎない。そして、これを減価償却費として所得税の計算上必要経費に算入するためには所得税法二条一項一九号、四九条、同法施行令一二〇条一項五号、一二三条二項、一二五条三号によることとなるが、原告において納税地の所轄税務署長である被告に対し、右償却の方法を選定し、これを書面で届け出ていなかつたのであるから、右営業権を取得した昭和四一年以降昭和四五年までの五年間にわたり、営業権の取得確額の五分の一に相当する金額を各年分の償却費として償却する方法(同法施行令一二〇条一項五号ロ)によることとなる。したがつて、原告は、右期間を経過した昭和四七年および昭和四八年分の所得税の計算において、右営業権の償却をすることができないことは明らかである。なお、「中央」という商号のパチンコ店は、原告が広岡から譲受けた営業権とは関係なく営業を開始したことは前示のとおりであるから、「中央」の営業による所得税の計算において、右営業権の償却をすることができないこともまた明らかである。

よつて、原告の右主張は理由がないから、容れることはできない。

五、以上の次第で、原告の昭和四七年および昭和四八年分の所得税の計算において、繰越損失あるいは減価償却に基づく事業所得についての控除額は認められるべきものではなく、また成立に争いがない甲第一、第二号証によれば、原告の昭和四七年分の所得控除額が七一万九、五〇〇円、昭和四八年分のそれが七六万四、五〇〇円であることが認められるから、本件各更正処分には何ら非違は存しなかつたというべきであり、したがつて、原告の請求はいずれも失当であり棄却を免れない。

六、よつて、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 井深泰夫 裁判官 市川正巳)

物件目録

1. 大阪市大正区大正通参丁目弐四番壱

宅地 壱八参、壱四平方メートル

2. 同所 弐四番弐

宅地 壱参七、六八平方メートル

3. 同所 弐五番壱

宅地 六弐、九〇平方メートル

4. 同所 弐六番

宅地 参九、七〇平方メートル

5. 同所 弐七番壱

宅地 八弐、壱四平方メートル

6. 同所 弐七番弐

宅地 弐〇〇、五九平方メートル

7. 同所 弐七番参

宅地 八、弐六平方メートル

8. 同所弐四番壱、弐四番弐、弐五番壱、弐六番、弐七番壱、弐七番弐、弐七番参地上

家屋番号 弐四番壱

木造瓦葺弐階建店舗

床面積 壱階 壱四弐、五壱平方メートル

弐階 壱参、〇五平方メートル

木造スレート葺弐階建店舗兼倉庫

床面積 壱階 七壱、七六平方メートル

弐階 七壱、七六平方メートル

軽量鉄骨造スレート葺及び陸屋根参階建店舗

事務所、居宅

床面積 壱階 参八弐、七七平方メートル

弐階 四弐参、〇七平方メートル

参階 壱〇壱、弐弐平方メートル

軽量鉄骨造スレート葺弐階建店舗兼事務所

床面積 壱階 五五、九参平方メートル

弐階 五六、弐九平方メートル

以上

別表

<省略>

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